手相をみるって?

島田秀平のように、手相をみる、とまではいかないにしても、ふと自分の手のひらを眺めることはあります。

そう言えば、誰ぞの詩だったかにありましたね、働けど働けど我が暮らし楽にならず じっと手をみる みたいなやつが。

特別な貧乏だとは言えないですし、あんまりそういうことは言いたくないタチでもありますが、いろいろと考えることはあります。

日々忙しくしているつもりになっているんですけども、いったい自分は何を求めて、ある種の我慢をしているんだろうか、というような感覚に苛まれるときがたまぁにある感じがありますね。

私ももう干支が3巡以上していますし、会社員生活もそれなりに長くなってきて、言うなれば、職場における中堅と言いますか、いわゆる中間管理職的なポジションにいるわけです。

そんな自分が、自分の手相、手のひらをじっと見る、とかいうと、えらく悩んでいるような文章に見えてしまうでしょうかね。

またなんでこんなことを書いているんだろうというと、また上の管理の仕事につかないかという話が出てきたことがあるんです。

これって、喜ばしいことなんだとは思うのですが、自分にとっては、そういう感覚ではなく、何か「じっと手をみる」と表現するイメージです。そういうものなのか、と自分に問うているような感じですかね。

まぁボヤキはこれくらいにしておきましょう。これから帰宅して、家呑みにするとしますか(^^)
島田秀平の手相占い【公式ページ】
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手相がみえる、とは?

手相占いと、言葉は誰でも知っているものだと思うのですが、さてその本当のところは?ってなると、私なんかはっきり分からないです。

実際に島田秀平なんかが、同じ芸能人の手相を見たりして、話題を呼んでいますけど、ちゃんと手相占い、鑑定が出来る人がいるっていうことは、ただ単に、手のひらのシワがどこにあるかだけを分かっていれば、手相占いができる、という事ではないような感じがします。

島田秀平も、長年たくさんの人の手相を見て占いをしてきた占い師のおばさんに、「あなた、見えるわね」と言われたというエピソードがあるくらいなんで、何がしかのスキルというか、能力みたいなものがあると思えます。

ここに線があるからこういう性格ですよと、大まかには、いろんな種類の手相線を覚えていくことで、ある程度手相占いらしきことができるんだと思いますけども、なにか多少なりとも、精神的なところ、スピリチュアルな範囲が含まれているような気がしてなりません。

島田秀平も、占いは統計学的な要素がかなりある、といったようなことを述べていましたっけ。

確かにどんな占いでも、このタイプはこういう性格だとかいうカテゴライズが、その理論の中に入っているのは確かなんでしょうが、先の、あなた、見えるわね、ってのは、意味深な感じがします。

島田秀平、パワースポットや怖い話など、スピリチュアル系とも言えることに長けている見ないなんで、やっぱり何か見えるんだろうなぁなんて思います。

 

 

 

 

相(sou)が見える?

手相を見ると言われると、だいたい左手を見られることが多い気がするんやが、本当にちゃんと全体的な鑑定をするなら、両手でやんとあかんということを知りました。

手相ってそういうもんやったんやなぁって感じですわ。

確かに、持って生まれた素質と、生まれてからの環境や、本人の努力で養った能力を、別々に想定して考えられている、という点では、手相というもんも、結構、ロジカル?論理的?ん〜なんと言うたらええのやろ、区別して判断をする部分があるんやなぁと思った次第です。

何となく、手相っていうと、アジアの占いのイメージがあって、どっちかってぇと、まさに「相」で判断するという印象で、何か分からんけど、そういう相がでとりまんねん的な、明確じゃない、見える人には見える的なものが基準になってる感じで。

でも、島田秀平が手相の手ほどきを受けたおっしょはんは、島田秀平に対して、「あなた見えるわね」と言ったというエピソードがあることからも、手相が見える人と見えん人がおるっちゅうことでもんな。

単純に手のひらのシワだけの話やないっちゅうことになりますわな、確かに、それこそそうでなかったら、手相占いの鑑定師自体が、商売あがったりになってまうもんな。

俺みたいな素人はエロ線、KY線、カリスマ線とか、島田秀平オリジナルの線を見つけては、友達らとはしゃいでるくらいでええのんやろなぁ。

島田秀平の手相占い
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ほんとの手相占いは、右手・左手の総合判定なんですね

結局のところ、自分のことを分かろうと思うて、利き手の逆の手相だけを見ても、ちゃんとした鑑定をするのは難しいみたいなんで、やっぱり手相占い、判断をしようと思ったら、両方の手を見るというのが原則ということらしいですな。

とは言うものの、右手、左手を総合してみるのはそうなんやが、右の手相が何を言っているか、左の手相がどんなことを表しているか、それぞれを対照的に見るのがええのんやろうと思う。

やっぱり、持って生まれた資質っちゅうのんは、ええことであろうとなかろうと、人間誰にでもあるものやと思う。

なので、そういうのを確認してみたいときは、利き手と逆の方の手相を、じっくりと観察することは大事なんやそう。

利き手と逆の手相が表す、要するに、自分が元来持っている能力が見える可能性のある手相から得られること、それが表している才能を、意識的に伸ばすような努力をしていく、というのんも、自分を活かすという意味で大切なことになるんやろう。

是非、各自、確認してみてはいかがかと思う。島田秀平の手相占い、パワースポット紹介を宣伝してるサイトにもいろいろ載っとりますわ。リンク先は紹介サイトやけどね。

利き手と逆の手相に、頭脳線がくっきり出ていたら、研究者とか?が向いていたりするとか聞いたこともある。

俺の感覚的に、生まれつき頭脳が優れているんやったら、なんやろ、将棋とかチェスする人やら、そんなんも向いてるんかいなぁと思ったりする。

先が分からへんというのは、不安やらもどかしさもあるけど、ここで頑張るか頑張らへんの差が、たぶん人の器というか成否というか、そういうもんに繋がるんやろなぁ。

俺も頑張ろ。

利き手と逆の手相は何を表す?

手相占いには、両手を見る必要がありまっせ。そんでから、利き手については、後天的な資質、要するに、本人の頑張りや努力によって得られた素養が現れる、っちゅう話を書いてきたわけですわ。

じゃあ、利き手の逆の場合はどうじゃろ?というのをちょびっとだけ詳しく。

利き手の逆の手相、こいつが何を言っているかと言えば、ご察しの通り、先天運として持っている、いわゆる、持って生まれた運命や性格を表している、とされているそうですわ。

もともとある運勢っちゅうことで、自分のことを知ろう、という場合には、基本的には、利き手の逆の手相を見るようにする、というのが定石らしい。

ただ、生まれ持った運勢、才能などがあったとしても、それが生かされていない場合があって、案外、そうなんかいのぉ?といぶかるような、手相占いの結果が出たりするこもあるようですわ。

あの人、持ってるものはええんやけど、なんやパッとせんなぁ…なんちゅうのは良く聞かれる話ですやんね。そんな人の手相見たら、全然当たってへんやん、なんていうことがあるのかもしれん。

持って能力、才能を生かせてるんかどうか、っちゅうことなんやろな。なんか、利き手と逆の手相って、何やらすごいことが隠されているように思えてきたがな。自分でも気づいてへんなんかを見つけられるかもしれませんで。